「知る」ことで解消できること(花豆より)

 
ウエハースさん、こんにちは。
お手紙ありがとうございました!

こちらは、新刊書籍のための作業と5月に愛媛県松山市で開催する展示の制作や準備でややてんてこ舞いな日々です。4月に少し遅めの桜が咲いたと思ったら満開直後の雨であっという間に散り、駆け足の春はすぐに終わって早くも初夏の陽気です。猫たちが夜中に布団にもぐりこんでくることも減って、ちょっとさみしいような、でも熟睡できてるような今日この頃です。

オランダは、雨や風の日が多いのですね! オランダというと単純に風車をイメージしてしまうのですが、やはり強風が吹くからだったりするのでしょうか?(「日本と聞くとちょんまげや切腹」みたいな古いイメージだったらすみません。笑)

そうそう、前回お話ししたわが家のドジョウについてお答えすると、田んぼなどでたくましく生きるのでかなりタフです。おかげさまで、水槽から飛び出し瀕死だったドジョウはすっかり元気になりました。ボロボロになっていた尾ビレやヒゲもきれいに再生したことにはさすがに驚きました。
今3匹いますが、「こいちゃん」「うすちゃん」「ドジョ子ちゃん」と名前がついていて、息子は全員把握しています。(飛び出したのは息子曰く「ビビリ」の「こいちゃん」です。)でもわたしにはほとんど見分けがつきません。好きだったり興味があるということは、感覚を鋭敏にするものですね。
ちなみに、猫たちはドジョウの存在に全く無関心。野性味とは無縁……。


ちらっとわたしが言及した「うつ病」のことから、名付けの効能についてまで色々書いてくださったこと、興味深く拝読しました。わたしの場合、わりと若い頃から「うつ病」と診断される手前の「閾値下うつ」みたいな症状がずっとあって、でもそれは性格や遺伝的なものや思考の癖だと思っていました。いよいよ自分ではどうにもできなくなって病院に行ったのですが、当時は「病院なんかに行ったら最後なのでは?」という怖さと「名付けてもらえた」安心感の間にいたような気がします。もちろん、病院は全く怖いところではありませんでした。風邪を引いて内科に行くのと同じ、いたって普通。
最近、サカナクションの山口一郎さんが「うつ」を公表されてその記事を読みましたが、とても良かったです。症状や経過もリアルに語られていて、山口さんが公表したことで勇気づけられたり、周知されるきっかけにもなるのでは。
「完治」ではなく「寛解」と表現すること、細くか太くかはあると思うけれど、長く付き合っていくこの病気の特徴かもしれないですね。

名付けの効能みたいなことで言えば、息子の発達障害もまた同じでした。認めることで初めてスタートラインに立てて、困っていることがわかり、対処法も変わり、支援も受けられる。「すごく大変だけど何だかわからない得体の知れないもの」が、名付けられることによってかたちになって見えてきたら安心できました。
電車に乗っていて、ちょっと不思議な動きや言動の人とか、たまにいますよね。今は見ればだいたい自閉症なのかな? とか統合失調症かもしれないな、とかわかるようになりましたが、そんなことを知らない人から見たら「なんか怖い人」になっちゃうんですよね。「自分」や「普通」から逸脱したものがあったら防御したくなるのは当たり前なんですけど、「怖い」と思うことも「知らない」ことから来るせいで、その「怖い」は「知る」ことで解消できると思うんです。例えば、学校教育でそういう授業を設けたり、そんなこんなをみんながもっとカジュアルに語れたら、「怖いもの」でも「恥ずかしいもの」でもないことがわかり、病気や障害についての理解が深まって、もっと優しい社会になるんじゃないかなぁと思います。そうなってほしいです。

あれ、もしかしたら、夜中に書いている手紙なのでわたし今ちょっと熱くなってるかもしれないですね(笑)。それに、なんかちょっと偉そうに語ってるけど、すごく自戒を込めて……。
あ、根井さんの夜に書いた文章のお話も聞いてみたいので、ぜひよろしくお願いします!

次回は松山での展示の話とか、もう少しイラストレーターっぽいことを書ければいいなと思いますー。


(かんちゃんのお手々、クリームパン!)